
出だしがかっこいい。
「待たなくてよい社会になった。待つことができない社会になった」(p.7)
なるほど〜と思った。現代社会の光と影を見事に言い表しているなあ、と。「待たなくてよい社会になった」っていうのは、すごいポジティブに受け止められる。たしかに、待たなくてよくなったなあと実感できる。鷲田も触れているけど、「携帯」は本当に「待ち」を消滅させてくれた。人をイライラして待つこともなくなったし、約束の時間に遅れて人を待たせることもしなくなった。携帯でちょいと連絡すれば、すぐに情報が相手に伝達されちゃう。
その反動か、僕らは「待つこと」に耐えられなくなった。ちょっとした齟齬で「イライラ」しちゃう。ぐっとこらえる前に別の道を歩き始めちゃう。鷲田は、恋愛での「待ち」に注目する。昔は「ラブレター」があった。ラブレターは、メール以上にタイムラグがある。返事が来るのは一週間後か、二週間後か。。。その間、ラブレターの差出人は何にも手がつけられなくなる。相手からの返事がくるのかどうかも分からない。当てもなく何度も「郵便受け」を眺めに行く。
手紙という媒体は、恋人たちにとってはもどかしいものであった。手紙を書く。最短の時間を計算して、恋人がそれを、食い入るようにか、おざなりにか、読んでいる情景を想像する。想像が心を浮き沈みさせる。そのぶれは時間とともに大きくなる一方だ。かろうじてその揺れをおさめ、寝ついても、日が明けるとすぐに郵便受けに走る・・・
僕は、かろうじて「アナログ世代」を経験しているので、もちろん「ラブレター」を書いた。あの時のじれったさは忘れがたい。ラブレターを書くと、次から次に書きたいことがでてくる。お恥ずかしながら、僕が書いたラブレターはたしか第四編まであったような(苦笑)。もちろん結果は玉砕。返事の手紙をもらうまでに二週間くらいあった。その間の時間といえば、もう極限のとまどいの時間だった。ああいうアナログの恋愛告白って、今の時代にはもうほとんどお目にかからないんだろうな。うちの女学生たちに聞いても、ラブレターを書いた者は皆無だった。
でも、鷲田は、こうした単なる経験論で終わるわけではない。さらに独自の見解を展開していく。
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