H.G.ガダマーの未邦訳の小論文『書くことと語ること』を全訳した。この論文は、1983年に発表されたもので、まだ日本では翻訳されていない。けれど、非常に興味深い論文なのだ。
『書くこと』は、非常に解釈学的である。つまり、循環構造を持っている。書くということには、明晰且つ判明な方法がない。答えがないのだ。けれど、書くプロというのもいる。作家や詩人だ。彼らは、「書くこと」を生業としている。
この『書く』という行為について、ガダマーは非常に興味深い視点を与えてくれている。僕ら世代は、とても厳しい時代を生きた世代だけれど、IT革命の申し子であり、『書く』という行為に最も慣れ親しんだ世代だと思う。
団塊世代や新人類世代は『行為する世代』だったと思う。つまり、『活動』という行為にもっとも長けていた。他方、僕ら世代は、『書く』という行為に長けているのではないか。他のどの世代よりも、たくさん『書いてきた』のではないか−メールを含む。
ガダマーは、『書く』という行為の神秘に迫ろうとしていた。いったい『書く』ということは、いったいどういうことなのか。文字を書くことにはいったいどのような意味があるのか。ガダマーは一つの手がかりを与えてくれているように思える。
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