ひらめき生涯一教師、生涯一研究者で頑張りますパンチ


2006年01月03日

『何かに魂を吹き込むことで自分の魂に力が吹き込まれること』


なぜ人間は、『一体感』を欲するのか。日本の伝統の『祭り』に始まり、熱狂的なライブ、プロ野球やプロサッカーの観戦、ディスコ、クラブ、パーティーなどなど。人間は、貪欲なまでに、「自分」を一体感へと埋没させたがる。これはいったい何なのか?

この問いを解くための手がかりを、お祭りから手に入れた。それは、「お祭りは、人々の魂に力を吹き込む」という事実だ。お祭りだけじゃなく、一体感の生じている場においては、常に、「人々の魂に力を吹き込む」ということが起こっているのではないか。そう感じたのである。

逆に、僕らの側からすれば、自分の自我を放棄することで、自分の魂に力が吹き込まれる。力、生命力、生きる力、耐える力、そういう力の恩恵を蒙るのではないか。決して、自分の中にあるネガティブなものの解消(カタルシス)のためではなく、対象に入れ込むことによって逆説的に生じる力を感受するために、一体感はあるのではないか。そう思えてきたのだ。

とすると、すごく奇妙なことが起こっているということになる。自分自身の自我を一体感の場に没入させ、自己を目立たなくさせることで、紛れもない自分自身の生に力が与えられるのだから。元気のない人間には、「元気になりなよ」と声をかけてもあまり意味はない。元気のない人間は、何か対象に魂を吹き込めばよい。そうしたら、その対象が自分の魂に力を吹き込んでくれるはずだから。

けれど、ここで難問にぶち当たる。魂を吹き込みたい対象、力を注ぎたい対象が見つからない人間の場合だ。「好きなものがない」、「やりたいと思うことがない」、「何を見ても感動しない」、つまり、対象に心が動かないと主張する人の場合だ。香山風に言えば、『貧乏クジ世代』に多いタイプかもしれない。

だが、こういう主張をする人のことは度外視したい。そういう人にも、いつか、そういう対象が見つかるかもしれない。むしろ、『一体感』を体感しやすい人へと意識を向けてみたい。(今年の研究のテーマでは)一体感を生きている人間を問題としたい。バンド少女、コスプレファン、プロ野球・サッカーの熱狂的ファンなどなど。ニート・引きこもりとはあきらかに対照的な存在。そして、日本の伝統。和の精神。『一体感』研究は始まったばかりだな・・・

とりあえず、仮説。

「何か対象に魂を吹き込むことで、その人自身の魂に力が吹き込まれる」

という循環関係。これが、一体感の生じる場に起こっていることではないか。

「能動的受動」

人間と環境との相互存在性を考える上で、面白い洞察ができそうだ。。。
ニックネーム kei at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | about Vereinigung(一体感)

2006年01月02日

作家 井出孫六先生との対話

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正月早々、直木賞作家で、僕の『師匠』の一人である井出孫六先生のお宅に挨拶に伺った。

毎年、先生とは、年に一度数時間に渡って、社会問題、国際問題、政治問題、教育問題、地域問題など、様々な現代的問題について語り合っている。

井出先生は対話を大切にされる方で、僕らからでも学んでしまう好奇心と知性の塊のような先生だ。

だから話は尽きない。今日は、中国残留孤児の話題や、昨年イギリス・フランスでおきたテロなどについて話し合った。自分たちの話は一切ない。知的な話題だけを味わう。世界的、社会的な関心を存分にぶつけ合う。まさにサロンだ。

その中で、『一体感』について尋ねてみた。すると、面白い話を聞かせてもらった。長野県の山奥の小さな村で行われる『遠山霜月祭』の話だ。隔絶された小さな村で行われる祭りは、すごい一体感を生んでいる、という。そして、「人々の魂に活力を吹き込む」と言う(参考)。

さらなる霜月祭についてはこちら
上村・南信濃の行事についてはこちら

長野県飯田市(南信濃と上村)で800年以上続けられているお祭り。これは夜通し行われる、という。毎年12月に行われる。夜21時くらいから朝7時くらいまで続くというから驚きだ。途中で寝たい人は近くの公民館の仮眠所で休む。このお祭りの醍醐味は、日の入りの頃に行われる水盛りだ。面をかぶった人間(=神)が、白い服を着て、マイナス7度の川の水を浴び、そして、湯立て神楽の熱湯を湯切りする、そして、皆で踊り明かす、という。この壮絶なクライマックスに、見ている人たちは圧倒されると同時に、「人々の魂に力を吹き込む」のだろう。

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飯田市南信濃観光協会提供
出典はこちら

霜月祭と『千と千尋の神隠し』の関連についてはこちら

是非、是非、訪れてみたい場所だ。一体感研究を進める上でも、非常に価値ある場だと思った。

知識人との対話は、まさに自分の位置を確認する貴重な機会だ。そして、自分の存在の小ささを実感するきっかけとなる。中国の話、信州の話、そして、霜月祭の話、どれも自分にとっては未知であり、無知である。そういう自分の知らない世界に気づかせてもらった気がする。

井出先生、ありがとうございました!
ニックネーム kei at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | about Vereinigung(一体感)

2005年12月05日

「一体感」に関する先行研究?!

ボクは、今、「一体感」という概念に惹かれつつある。一体感とはいったい何か? 

いや、ボクらはすでに「一体感」を知っている。ライブ会場や野球場や祝祭などで、すでに何度となく、一体感を感受しているし、小さい頃、学校で運動会などを通じて一体感を経験してしまっている、、が、いざ考えてみるとよく分からない。で、一体感について、どんな研究があるのかな?と思って調べてみたら・・

@恋愛における一体感の研究

山下倫実・坂田桐子
恋愛関係における一体感と自己概念との関連

Aロックコンサートにおける一体感の研究

山田希・伊藤哲司(1998)
祝祭空間としてのロックコンサート』日本心理学会論文集,62,p1012

B一体感と心理学

山根一郎(心理学・作法学)
私とあなたの心理的距離:その体験構造』椙山女学園大学研究論集 26巻 社会科学編 1995

Cサポーター・フーリガン・ナショナリズムなどとの関連

夫婦別姓選択制実現協議会
中国サポーターの一体感

インターネット
ワールドカップを楽しむために
「サポーターは、チームと一体感が強いので、選手にとっても心強い味方であり、勇気付けられるのです。また、サポーターの応援の仕方も、チームによって様々です。」
出典

選挙そっちのけ「国民に一体感」
「普段はファンではないが、ロシアを応援したい。国民の一体感が生まれる」

などなど。

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ニックネーム kei at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | about Vereinigung(一体感)

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